原岡剛一×かづきれいこ 対談 「美容医療とメイクセラピー」
第6回「顔と心と体セミナー」講演録
2021年12月4日(土)13:00~15:00
参加者:32名(1級資格者4名、3級資格者10名、4級資格者2名、当会正会員12名、一般1名、学生2名、招待1名)(会場3名、オンライン25名、DVD 4名(※後日視聴))
各講演につづき、「美容医療とメイクセラピー」というテーマで、事前に参加者から寄せられた質問等も踏まえて、原岡先生とかづきれいこによる対談が行われました。(司会は当法人事務局長)
【美容医療・美容外科・美容皮膚・美容整形~言葉の整理】
司会:第2部は、原岡先生とかづきの対談で進めていきますが、その前に言葉の整理をしておいた方がいいような気がします。今回のテーマでは、美容医療という言葉を使いましたが、原岡先生は、美容外科ということでお話しくださいました。また、美容皮膚科というようなものもあるようですし、一般には美容整形というような言い方もされます。どの言葉をどのように理解したらいいのか、ご説明いただけますでしょうか。
原岡:言葉の問題は非常にややこしくて、1958年に形成外科学会ができた時も、骨折や腰痛などの治療を中心とする整形外科学会の先生方から、患者さんを混乱させると批判が出たそうです。
我々形成外科医として美容を行う医者は、統一的に美容外科という言葉を使っています。ただ、美容外科の中でも、メスを使わないもの-例えば、注射やレーザーなどで治療するもの-を美容皮膚と呼んでいます。美容外科、美容医療、美容皮膚という言葉は、もうかなり市民権を得ていると思います。美容外科と美容皮膚をまとめて美容医療というのが正しいと思います。美容整形というのは、学会で使うと間違っていると指摘される言葉で、美容外科というのが正しいです。
【美容外科は日本の中でどう思われているか~昔と今】
かづき:コロナ前までは、美容外科を受診される方は、何らかのメンタル面の問題を抱えている方が多かったのではないかと思います。コロナ後は、メンタル面の問題というより、先程お話しいただいたズーム異形症のように、顔の映りが悪いなどの単純な動機で、ちょっとこの顔のタルミをとって欲しいというような患者さんが増えたような気がしますが、いかがですか?
原岡:そうですね。確かに、最近、美容外科に来られる方は、コロナ異形症などのように、わざわざ病名をつける必要はないのではないかと思えるような人が増えてきました。何か大変気軽に、例えば、このクマをとって欲しいだけというように、簡単に考えて来られる方が増えたようです。あれだけテレビなどで毎日美容外科の宣伝が流れていて、プチ整形というような言葉が流行ったりしていますから、必然的な流れかもしれません。
かづき:日本人の美に対する感覚ってどうなんだろうと思うことが多いですね。例えば、昔は、私のところに来る患者さんで、きれいに鼻を整形されていて、「きれいですね」と言うと、「交通事故にあって鼻の骨が折れて、それを治療したらこんなにきれいになったんです」というように、何らかの症状があって、そのために整形したと説明してくれる人がいました。また「逆さまつげの手術をしたら、こんなにきれいな二重瞼になったんです」とか、事故や病気の副産物としてきれいになったということを強調していました。美容だけのために整形をした人は、隠す人が多かったですね。
韓国や中国のように、普通に整形して全然隠さないとか、整形を親子でプレゼントするとか、そういうことは日本ではありませんでした。むしろ、整形した人は、そのことを隠すし、また整形したことを後悔し、トラウマになっている人もいました。整形したから自分の人生はおかしくなったとか、これをやらなかったら自分の人生はもっとよかったはずだとか。別に、美を求めたことを後悔する必要はないと思うんですが、日本人のメンタリティでは、どうも恥ずかしいことをしたとか、やるべきでないことをやってしまったとか、そういう気持ちになるようです。
また、例えば、奥さんが鏡に向かって化粧していると、「お前、どこに行くんだ」とか「そんなに着飾ってどうするんだ」とか言うご主人もいます。女子大の女性教授で、同窓会にきれいに着飾って参加した教え子に対して、「そんなにきれいにしたら、表に行きたくなるでしょう。女として一番、恥ずかしいことよ。早く化粧をとりなさい」と言われたことがあるという人もいました。
日本の「恥文化」と関係するのかもしれませんが、どうも日本人は「飾る」ということに対して後ろめたい気持ちをもつようなところがあるような気がします。先生はどのようにお考えになりますか?
原岡:日本人が美容を隠したり、美容をよく言わなくなったのには、いくつかの理由があると思います。
まず、教育勅語の影響です。「父母に孝に」を説き、その出所と思われる「孝経」では、「親孝行の始めは、親からもらった体に傷をつけないことだ」ということを徳目としています。これが今でも日本人の感覚に染みついているのだと思います。
それから、敗戦後のドタバタの中で、非常にひどい美容外科、美容医療が跋扈していた時期があります。それ以来、美容を低レベルのものとみる傾向が続いている面もあります。
また、かづきさんのおっしゃる日本人の「恥文化」というか、奥ゆかしさというのもあると思います。
そういういろいろな要素が組合わさって、美容とか化粧など、外観を飾るものをよく言わないという一般的な傾向が生まれていると思います。
それはそれで、ひとつの文化として、いい面もあると思うのですが、他方で弊害もあります。例えば、日本の医療の中で、がんの患者さんが抗がん剤の治療で疲れ果ててしまい、それは体力的、精神的なものだけでなく、外見も疲れ果ててしまうことがあるのですが、日本の医療はそういうものを放置してきました。
最近になって漸くアピアランス・ケアという言葉が生まれて、いろいろな病院で取組むようになりました。例えば、神戸大学でもアピアランス・ケアチームというのができました。ただ、まだ乳がんの患者さんにパット付きのブラジャーを提案するとか、抗がん剤で毛が抜けた方にウィッグを提案するというような程度に留まります。かづきさんのように、見た目をケアしてご本人を元気にさせるというようなことができる人がもっともっと増えて、各大学病院に一人いるという状況になればいいと思います。
日本には「死に化粧」というのがあります。亡くなった人をきれいに化粧して送り出すというのですが、その反面、まだ生きておられる方々の外観については放置しているという状況があります。我々美容外科医も、顔のリフトアップをしたり何かしてきれいになって元気になってもらいたいと思いますが、病気と闘っている中で美容の手術をするのは難しい面もあります。かづきさんのやっておられるような、メイクでQOLを改善するというような活動をもっと広めていただきたいと思います。
かづき:ありがとうございます。
【リフトアップの値段】
かづき:突然下世話な話題に変えてしまって恐縮ですが、顔のリフトアップというのは、いくらぐらいかかるのでしょうか?
原岡:神戸大学では、入院して全身麻酔で行っていますので、大体120~130万円くらいかかります。
かづき:それは、保険適用外ですよね?
原岡:理由によって、保険適用も適用外も、両方あり得ます。
【美容外科もライフプランナーのように】
かづき:私のように心臓手術のために全身麻酔を経験した者にとっては、美のために麻酔をかけるというのは、二の足を踏んでしまいます。だから、メイクの方がハードルが低いと思います。いろいろな方にメイクし、その方が好きだと思える顔、満足できる顔になると、「きれい」だと納得していただき喜んでもらえます。「きれい」というのは人によって違いますし、時代によっても違います。平安時代の「きれい」は現在の「きれい」ではありませんし、現在の「きれい」は100年後の「きれい」とも違う。人・時代によってつくられている気がします。
人生100年の時代で、それぞれの年代の「きれい」と100歳の時の「きれい」は違うと思います。だから、これからの美容外科の先生方は、ホームドクターが患者さんの年齢に応じて健康を考えるように、患者さんの年齢とその年齢の精神的な状況も考慮して、その方に合うような見た目をつくって差し上げると満足度がすごく高くなると思います。例えば、あなたは3年後にはこうなるかもしれない、お母さんの写真を見ると10年後、20年後にはこんなふうに老けるかもしれない、だから今は完璧にここまでやらないで、5年後に備えた手術をしておきましょうというようなアドバイスですね。そのとき、その方のメンタル面も考慮に入れるといいと思います。
先生のおっしゃるように、美容外科が今後なくなることはないでしょうから、いま申し上げたような長期的な目で見た美容というようなものが提供できると、日本人に合った素晴らしい美容医療ができるようになると思います。
原岡:僕が神戸大学でやりたいと思っている美容外科というのは、今かづきさんがおっしゃられたのとほぼ同じものです。
例えば、今20歳の女性は、30歳で結婚して、出産したりあるいはしなくても、40になり、50になり、60になっていきます。ファイナンシャル・プランナーという職業があって、クライアントの人生の目標を実現するために、ライフステージに応じた長期的な資金計画を立てていきます。それと同じように、美容外科医も、患者さんに相対するときに、その方の人生を長い目で見て、20歳で鼻も目もこんなふうにしたら、後は何もできなくなってしまうとか、70歳になってこんなことができるように、50歳ではここまでで止めておきましょうとか、そういうアドバイスをするようにならなければならないと考えています。こういうのは、やはり大学病院でしかできない美容医療なんだと思います。
かづき:そうですね。それができるようになると、外国にはないような、日本特有の美容外科ができるような気がします。
ところで、韓国などの外国と比べたときに、日本の美容外科の技術はどうなんでしょうか?
原岡:技術的には、韓国に比べて日本が遅れているというようなことはないです。
【美容外科医とモラル】
かづき:私は以前、エラの手術をされる医師から、この手術は副作用があって、顎が痺れるとか、味覚がわからなくなる人が、何パーセントか出る可能性があると伺いました。患者さんの中には、それでもいいからやってくれという人が増えていて、お医者さんも、機能的な障害が出る可能性があっても、やってしまうという人がいるようです。また、生まれたばかりの子どもに重瞼の手術をするという先生もいるようです。お母さんが、自分が二重なのに子どもが一重なのが嫌だからと言って、生まれて間もない子を連れてきたのに対して、やってしまうのだそうです。そういうお医者さん達のモラルはどう思われますか?
原岡:神戸大学でもそういう方が来られます。しかし、親御さんは良かれと思ってなさるのかもしれないけれど、その子が成人した時に本当にそれを喜んでくれるのかという問題があると思います。本人のアピアランスは本人が決めることですから。
そういう観点から、神戸大学では、これは手術すべきではないと考えられるときはお断りすることが多々あります。ただ、一般的には、患者さんが希望したからやりましたという医者は結構います。このあたりが、本当に医師のモラルが問われるところです。
かづき:歯学部の授業をいくつか持っているので、学生さんに同じような質問をしました。歯並びと噛み合わせのどちらを大切にしますかという質問です。私自身の経験で言うと、心臓に穴が開いていたためエナメル質ができにくく、インプラントをしています。
そのとき、自分の希望する歯の形があります。ところが、先生はその形では噛み合わせが悪くなって、頭が痛くなったり、肩が凝ったり、めまいが起きたりして、機能的に問題が出ますよと言います。そこで、私の希望を入れながらお医者さんの指摘する症状が起こらないような歯の長さと形を、ミリ単位で決めていくわけです。
私はこの話を歯学部の学生さんにして、「あなただったら、見かけの歯並びと機能性を重視した噛み合わせのどちらを選びますか?」と聞くと、「患者さんの言うとおりにします」と答える学生が増えているんですよ。「医者なんだから、頭痛や肩こりやめまいのない、つまり機能を大事にした方を選ぶべきでしょ」と言うと、「患者さんの喜ぶ方がいいし、他人の頭痛や肩こりはわかりませんから」と言うんです。
何かモラルの問題というか、医者のプライドというか、どう教えたらいいのか困ってしまいますよね。
原岡:神戸大学の美容外科と一般的な美容外科の違うところは、我々はそんなに儲けなくてもいいという点なんです。もちろん国立大学は税金を投入していただいていますので、きちんと採算のとれるようにしないといけないんですが、必要以上に儲けることで我々の給料が変わるわけではありません。そこで、しない方がいいと考えられる手術は断ってしまいます。
ただ、最近、看護師さんに、私に断られた患者さんは、その断られた手術をやってくれるような医者を探し回って、結局やるべきじゃない手術を平気でやるような信頼できない医者に出会って手術を受けることになると言われたんですね。結局、断ることでその患者さんを不幸にしたと思わないかと。このあたりは非常に悩ましいところではあるのですが、かといって、やるべきと思わない手術をすることはできないですね。
かづき:そういう人にはリハビリメイクの適用がいいかもしれませんね。
原岡:「手術すべきじゃないから、かづき先生を訪ねなさい」と患者さんに言ったことは、何度もあります。
かづき:ありがとうございます。1回のメイクで思いとどまる人もいれば、それでも手術したいという人もいますが、ワンクッション置くことが必要ですよね。
原岡:そのとおりです。
私も欲しい靴や服を見たときには、それで頭がいっぱいになってしまって、寝ても覚めてもスマホで見ていて、そのうちに購入ボタンをポチっと押してしまったりします。全く別なところで、一時はそれを忘れて、頭を冷やして、それでも欲しいなら買えばいいと思うところがありますね。
かづき:私のところに、とてもかわいくて、格好いい大学生の男の子が来たことがあります。「整形の失敗です」って言ってきたんですよ。「これで学校を辞めました」「こんな顔じゃどこへも出ていけない」って言うんです。でも、私が見ても、うちのスタッフが見ても、きれい、格好いい、どこが悪いの?っていう反応なんです。傷があるとか、皮膚がたるんでるとか言うんなら、外科的な失敗ですから治せると思いますが、全然そういう問題はないんです。それでも、本人は自分の嫌いな目だとか、自分の嫌いな顔だと言うんです。人間ってわからないなと思います。
原岡:私のところにも、そういう方がいらっしゃいます。何度も手術をされて、私や看護師から見ると、とてもきれいで、入ってきた瞬間に回りがパッと明るくなるような人です。それでも、ご本人は顔に全然自信がないと言います。「もっとよくなる」と思われるんでしょうね。
かづき:その「もっと」が他人にもわかるといいんですけどね。自分だけにしかわからないから困りますね。その人にとっての美っていうものがわからないと、美容外科は難しいのかもしれませんね。
原岡:美容外科医にも好みの顔があるんです。人であれば当然ですが、こんな鼻が好き、こんな口が好きというのがあります。どうしてもそれに近づけていくような手術になってしまうと思います。
かづき:そうですね。東京の一等地にある有名な美容外科では、看護師さんがみな同じような顔をしているということがありますね。そこの先生の好みなのかなと思ったことがあります。
【美容外科とメイクの違い~引き返せるか、引き返せないか】
かづき:ところで、コロナ以後、私のところに来られる人で、マスク老化を気にする
人が多いんです。マスクをとった時の顔が嫌だと言います。ほうれい線が
目立って、タルんでいて、もう最悪って言います。若い子でも同じです。
コロナが終わってもマスクをとれない人が多いんじゃないかというのが、私の懸念です。
原岡:マスク中毒って言われてますね。
かづき:数年前、NHKの番組でマスクを取れない女性のメイクをしたことがあります。自分の顔を見られるのが嫌だという、中年の女性です。番組では、その人の住んでいる栃木県まで行って、悩みを聞いて、マスクを取れるようなメイクをしました。マスクは取ってくれましたが、自分でメイクできなかったら、またマスクを取れなくなると思いました。
マスクならまだいいと言うこともできます。自分の顔が気に入らないということで、外科的な手術をしてしまうと、精神的に不安定な状態だと、結局満足はできないということになると思います。メイクは嫌なら取ってしまえますが、手術は後戻りできません。
また、メイクは自分でやることができます。自分で満足できる顔を自分でつくれたら、自信がついて元気が出ると思います。能動的にやるということが大切ですね。受動的にメイクを受けるとか、手術を受けると、こんなにされてしまったという文句を言う人が必ず何人かいます。メイクは自分でできますが、美容外科は自分ではできないから、難しいですね。
原岡:おっしゃるとおり、メイクは引き返すことができるのが、大きな利点の一つだと思います。美容外科の手術を希望する患者さんに手術の提案をさせていただく際に、その手術はどこまで引き返せるかということを必ず考えます。
例えば、最近流行っているのが、人中を短くする手術です。僕はなぜそんな手術が流行るのかわからないんですが、人中が短いと、若く見えるとか、幼く見えるということで、希望する方がいらっしゃるようです。ただ、高齢の方で顎が瘦せてしまって鼻と上唇の間が伸びてしまったような人はともかく、若い人では、皮膚を切って捨ててしまいますから、引き返すことができない手術になります。かなり慎重に考えることが必要です。
かづき:鼻の手術をして、1週間くらい鼻で息ができなくて苦しくてしようがないということがあるんでしょうけど、それでもきれいになるためにはそれでいいと考える人もいるんでしょうね。
ところで、私のところにトランスジェンダーの男性が来られたことがあって、その方は体毛の濃いのにすごく悩んでいて、自殺を考えることもあったようです。ところが、その人がある時、乳がんと診断されたんです。それですっかり落ち込んでしまって、トランスジェンダーの悩みは飛んでしまったんだそうです。後で誤診とわかったそうですが、そうしたら「ジェンダーなんかどうでもいいんです、生きていれば」と言っていました。やっぱり命が一番大事なんだと思いました。
原岡:私の経験でも、鼻の手術を他で何回もやっているから、やるべきじゃないと言うのに、それでもやってくれと言って通ってきた人がいます。何年か後に会って「鼻はどうなったの?」って聞いたら、その後出産して子供ができて「鼻なんかどうでもよくなりました」と言っていました。
人間は、ひとつのきっかけで気持ちがころっと変わってしまうようなことがあります。だから、引き返せない手術は安易にすべきではないと強く思います。
司会:会場からご質問がありますか?
【シミュレーション・複数回の手術】
N氏:ご質問させていただきます。
昔、山口百恵ちゃんの髪形にしてくださいって頼んで、その通りにしてもらったんですが、顔が違うので、髪型も全然違うものに見えて、すっかり落ち込んだことがあります。
美容外科の手術をされるときには、患者さんは、例えば、目を1ミリ大きくしてくださいとか、微妙な要求をされると思うんですが、それは、例えば、モンタージュのように映像的に、こんなふうになりますとか、あるいは立体的にこのようになりますとか、手術の結果について、どのようにご説明なさるのですか?
また、1回目の手術の後、2度目をやるときもあると思いますが、2度目の方がより難しいでしょうか?
原岡:まずシミュレーションについてですが、シミュレーションソフトがあってそれを使っている美容外科医もいます。特に、鼻の手術では、ここをこう出して、ここをこう下げてという形でやると、あなたの場合にはこうなりますというのを示せるようですが、神戸大学では使っていません。なぜかと言うと、例えば、患者さんが目のこの部分を1ミリ大きくしてと希望する場合、1ミリ広げる手術はできますが、その結果こういう目にして欲しいという患者さんの希望を満たせるかどうかわからないのです。できるだけ詳しくお話を聞いて、それを目指した手術をしますということをお約束するにとどめています。
山口百恵さんの髪形のお話は、まさにご指摘のとおりなので、例えば、鼻の手術のときに、山口百恵さんとよく似た鼻をつけても、顔の土台が違うので、ついた鼻は山口百恵さんと似ているとは見えないことがあります。だから、そこをあまり深く突き詰めて約束してしまうと、後で患者さんから、聞いていたのとは違うというトラブルになり得ます。だから、私は先程言ったような説明にとどめています。
それから、手術が2度3度と重なってきますと、手術の難度は上がっていきます。また、合併症の危険も増加します。傷口から感染して化膿するのが一番心配ですが、感染の可能性はどんどん上がってきます。1回目の手術なら、神戸大学では、感染の説明はしますが、実際の感染はほぼゼロです。ところが、2回目3回目になると、確率的に10人のうち4人は感染するというような手術もあります。患者さんには何度も説明して、「本当にやるの?」と何度も念押ししながら進めるようにしています。
かづき:1回だけ整形して、もうそれでいいですという人もいれば、何回も繰返す人もいますよね。あれは、精神的な問題で、手術することが目的であって、顔の美醜は関係ないと思います。手術をしていると落ち着くので、どんなに変になってもやり続けるようです。
原岡:いい言葉ではないんですが、美容外科手術を「合法的なリストカット」って呼ぶ人がいます。リストカットは、多くの場合、自殺が目的ではなく、自らを傷つける、それによって自分の心のバランスを取るとか、まわりの反応を確かめるというようなことが目的なのですが、それと同じように、美容外科の手術を繰り返すのは、美容外科に行ってお金を払うと傷をつけてもらえるというような、自分の体にメスを入れてもらうことが目的になっていて、自分がどうなりたいかというのが、もうどこかに行ってしまっているのです。
かづき:背後にうつ病的なものがあると思いますが、そういうものを見抜かないといけないですよね。
【良い美容外科医と悪い美容外科医】
かづき:ところで、参加者の皆さんの中には、美容外科の手術を考えたことがある方もいらっしゃると思います。そういう方に代わってご質問しますが、いい先生と悪い先生の見分け方を教えて下さい。
原岡:よく聞かれる質問ですが、一番大事なのは相性です。私は、患者さんが診察室に入ってこられたときから、歩き方、姿勢、視線などを観察し、「原岡と申します」と挨拶して、患者さんのお話をよく伺います。最初から最後までよく観察し、話し合って、時間をかけて、どういう治療をするかを考えていきます。ところが、美容外科の経営のためには、患者の回転が必要で、時間をかけていられないということがあります。もしも患者さんが「この医者は自分のことをよく見ていないんじゃないか」と思ったら、一回引くべきです。
最終的にその先生に手術してもらうかどうかを決めるときには、トラブルが起こったときのことを想像することが必要です。鼻を手術してその鼻から膿が出てきたときには、もうあまり行きたくない病院に、それでも仕事を休んだり、子供を預けたりして、都合をつけていかなければなりません。顔も見たくないような医者に会いに行かなければならないのは、かなりストレスを感じることになります。そういうときでも、この医者はきっと真摯に向かい合ってくれるだろうと思えるのであれば、手術を任せてもいいと思います。
印象の問題でしかないというところもあるのですが、しかしその先生が手術が上手いか下手か、経験豊富なのか乏しいのかということは、患者さんにはなかなかわからないと思います。
かづき:いま唇にヒアルロン酸を打つのが流行っているようですね。あるお医者さんが、もう既にかなり唇がプリンプリンになっている患者さんが、それでもまだ打ってくれというので、仕方なく打ってあげたら、医者から見るとびっくりするような変な唇になっているのに、本人は喜んで帰っていったと言っていました。お医者さんは、一体「美」というのはどこにあるんだろうかと悩んだということを聞きました。
原岡:美容外科医の先生でも、驚くような唇をしている方がいます。でもそういう先生のところに通われる患者さんは、そういう唇がいいと思っているわけです。患者さんの立場に立って、そんなのやめた方がいいよっていう医者よりも、やりたいって言う人にやってくれるという先生の方が人気があったりするわけです。患者さんの考える「美」がどういうものなのか、どこまでそれを尊重すればいいのか、やめなさいと言うのが医者のモラルなのか。本当に難しい問題を含んでいると思います。
【子どもがやりたいと言ったら】
I氏:原岡先生に質問させていただきます。
高校生や大学生の若い子で、整形してきれいになりたいと単純に考えている子がいます。親としては反対なのですが、何で駄目なのって聞かれたときに、どういうふうに答えるのが適切でしょうか?また、整形したアイドルなどを見て、単純にああなりたいと思ったりするのかもしれませんが、いまこの手術をしたときに、20年後とか30年後などの将来にどうなってしまうのかというのを見る可能性はないのでしょうか?
原岡:高校生、大学生の娘さんが整形したいと言っているけど、お母さんは反対しているということで、うちの外来診療に来られる方は少なからずいます。そういう場合、私は、お母さんとご本人を分けて診察します。手術することのメリットとデメリットや手術のリスクなどをそれぞれにお話しします。その後また3人で話し合うので、別々に分けても同じ話をします。そして、ご本人のことを一番心配しているのはお母さんだから、もう一度お母さんとよく話し合ってみてと言って、一度家に帰っていただきます。二人でじっくり話し合うという宿題をもたせて帰すわけです。その後十分話し合ってもらってもう一度来てもらいます。やめるという方もいらっしゃいますし、お母さんが娘さんの気持ちに寄り添って、そこまで言うんだったらやってもいいということもあります。やるとなれば、後は一生懸命やるだけです。質問のお答えにはなっていないかもしれませんが、これが私のスタイルです。
よく聞かれるのが、先生の娘さんだったらどうしますか?というのです。例えば、先程話に出たような引き返すことができる手術であればやるかもしれません。また例えば、二重瞼の依頼が多いのですが、一重のお子さんはみな、のりをつけたり、テープを貼ったりというアイプチをするんです。ずっとやると皮膚がかぶれたり、伸びたりすることもあります。そういう場合は、埋没法という糸を入れる方法も一つの解決策かなと思います。ただ埋没法でやる場合でも、将来後遺症の残りにくいやり方でやり、デザインも無理のない自然な範囲ならお引受けしますという話はします。
【手術して20年後、30年後どうなるのか】
原岡:20年後30年後の姿を知る可能性がないかということですが、大変重要なポイントです。実は資料がほとんどないというのが現実なんです。例えば、鼻中隔延長術というのが今すごく流行っているんですが、この術式は日本で盛んにやられるようになってまだ20年程度しか経っていません。5年後10年後はどうなのかという話はできます。鼻が曲がってくる可能性があることを否定できません。こういうことは患者さんの方から医師に十分な説明を求めるべきです。それに対して答えてくれない美容外科医の手術は受けない方がいいでしょう。日本でこの手術が行われるようになってからまだ20年ですし、私はこの手術を始めて10年しか経っていませんから、20年後のことを聞かれてもわかりませんというのが、医学的に正しい答えになります。美容外科医はそうした正しい情報を患者さんに提供すべきだと思います。
【有名人の話と、医師が話すべきこと】
C氏:最近、芸能人やスポーツ選手などの有名人が、例えば、アンチエイジングの糸を入れてリフトアップしましたというように、整形したことを大っぴらに話すようになってきています。そういうことで、整形に対する抵抗感が下がって、気軽にやってみようという人が増えるんじゃないかと思うのですが、先生はそういう現状をどのようにお考えでしょうか?
原岡:糸の問題を例として取り上げてお話ししますと、どれだけ正しい情報が患者さんに届いているのかというのが重要だと思います。有名人のひとりが糸を入れて効果があったというのは、その人ひとりの問題であって、医師である我々は患者さんにそんな説明の仕方をしてはいけないのです。医師は、きちんとしたエビデンス(根拠)をもって、このような効果がこれだけの期間続きます、だからそのためにこれだけの費用が必要ですということを、きちんと説明する義務があります。それが医師の職務です。
糸によるリフトアップに関していうと、かなり効果が限定的であるということがわかっています。海外の論文のほとんどは否定的です。効果が限定的、期間が限定的、しかし費用は高い。そういうことを患者にきちんと説明したら、こんな治療を受ける患者はいなくなるだろうということまで書かれているものもあります。先程フェイスリフトの費用が百何十万円と言いましたが、糸リフトは生涯に何度も必要になるので、結局はその数倍かかります。糸リフトについて肯定的なものは、ほとんどが糸のメーカーから研究費を受けた論文であるとも言えます。
芸能人やスポーツ選手などの有名人は医師ではありませんが、その影響力に応じた責任があると思います。むやみに他人に勧めるのではなく、リスクや費用も考えたうえで話して欲しいと思います。
しかし、驚くのは、有名人が美容外科を経験しているのを、一般の方が「かっこいい」と喝采するような反応をしていることですね。
かづき:コロナの前に中国の美容外科の先生とお話ししたら、中国では美容外科が大分減りましたと言っていました。「かづきさんのやっているテープがいいと思います」とも言っていました。中国のお金持ちは、この顔でいっぱいお金を稼いだから、この顔が金持ちの顔であって、整形する必要がないと考えるらしいのです。お金のない人が、金持ちになるチャンス、結婚したり就職したりしてお金をつくるチャンスを得るために整形するのだそうです。日本の価値観とはちょっと違うみたいですね。
ところで、先生にお伺いしたいのは、整形して幸せになるのでしょうか?
【アンチエイジングの美容整形】
原岡:若い方の整形とアンチエイジングの整形を分けて考えるべきだと思います。若い方が将来のことを考えずにどんどん手術をしていくようなのは、まわりの大人が止めるべきだと思います。他方で、日本の女性の平均寿命はもう90近くまで延びていますから、元気になって活発に生きるための一つの手段として整形手術があるという考えがあってもいいと思います。
かづき:アメリカではアンチエイジングの整形が多く、顔を変えるのは東洋系に多いと聞きますが?
原岡:東洋でも日本はガラパゴス化していまして、やはり医者サイドがやりたい、つまり利益率が高くて儲かる手術が多いというのが現状です。
かづき:先程の鼻中隔延長術は20年ということですが、隆鼻術はどのくらいですか?最近鼻のシリコンが出てきたというような問題があると聞いていますが。
原岡:シリコンに関しては、1960~70年代から始まっていますので、40~50年の歴史があります。そのくらい長い時間が経つと、シリコンの上の皮膚が薄くなって穴が開いたりすることがあるので、ようやくシリコンについて40~50年経つとこういう問題があるのだということがわかってきました。
かづき:そうすると、70歳でやれば問題は起こらないわけですね?
原岡:ストレートに言えば、棺桶まで持っていけるということです。
かづき:ある人から、ずっと鼻が低いのを気にしていたので、80になったからやっちゃおうかなという話を聞いたことがあります。私はお勧めしました。もう副作用を気にすることもないし、他の人に迷惑をかけることもないから、自分だけが元気で楽しんだらいいので、やってみたらと言いました。
原岡:私の患者さんでも、ご主人がお亡くなりになってお葬式や何かも終わってようやく落ち着いたら、昔ご主人から、若い頃から鼻が低いのを気にしていたから整形したらどうかと言われていたのを思い出して、やろうと思って来ましたという方がいらっしゃいます。
司会:そろそろ時間が来ましたので、最後に両先生から。
原岡:今日お話しさせていただいたとおり、美容外科は、健康な体にメスを入れるというので保険の対象外になっていますが、それ以外は普通の医療と何ら変わるものではなく、他の医療と同様、患者さんを幸せにするためのものだと考えています。ただ、日本の美容医療はまだ成熟し切っておりませんので、もっと患者さんのためによくならなければならないと思います。そのためには、他の医療だけでなく、かづきさんのやっているような活動とも連携しながら、すべての力を結集して、患者さんの幸せにつなげるようなものにしていきたいと考えています。あと何年働けるかわかりませんが、そのために全力で頑張りたいと思います。本日は、貴重な機会をいただきまして、本当にありがとうございました。
かづき:原岡先生のような美容外科医がどんどん増えることを願っています。今日は、本当に素晴らしいお話を聞かせていただきまして、ありがとうございました。
女性が「きれい」な期間というのは短いかもしれませんが、その時その時の「きれい」はあると思います。若い時「きれい」な人もいれば、年をとってから「きれい」になる人もいます。やっぱり人と比べないことですね。その人にはその人の個性があると思います。
これから「美」というのはどうなっていくんでしょうか?今「きれい」と言われている顔が将来は全然違うものになっているかもしれません。今の「美」を楽しんで見ていたいし、年をとった時の「美」も感じ取って、皆さんに提供していきたいと考えています。
そして、みんなで一緒に元気に年をとっていきましょう。元気が一番です。自分の元気がまわりの人を元気にさせます。だから、いつもニコニコ笑って、口角を上げてください。今日はありがとうございました。