藤井達也「コロナとワクチン」
第4回「顔と心と体セミナー」講演録
2021年6月26日
参加者:36名(1級資格者3名、3級資格者8名、4級資格者5名、当会正会員10名、一般3名、招待7名)(会場3名、オンライン32名、DVD1名)
【経歴】
春日部嬉泉病院内科部長(当時)
1989年防衛医科大学校医学科卒業。同医大、自衛隊中央病院内科に勤務後、1992年第1次カンボジア派遣施設大隊衛生班医官等を経て、2004年第3次イラク復興支援群衛生隊診療班長。感染症の分野において国内外で活躍。
2013年河北総合病院にて安全感染管理室長・感染症内科部長、副院長を務め、2018年6月より現職。
【講演録】
事前にいただいた質問は、主に変異株や変異のメカニズム、ワクチンの有効性など、かなり高度な内容のものが多かったようです。ひとつひとつ答えていくことで、私からの説明とさせていただきます。
【1.変異株とワクチンの有効性】
まず、変異株ですが、新型コロナウイルスの構造から説明します。新型コロナウイルスは、外側にとげのようなタンパク質があり、中にRNAという遺伝情報が格納されています(図1)。ウイルスは自分では増殖できません。動物(宿主)の細胞に入り込んで、動物の細胞が増えるときに、ウイルス自身がコピーをつくって増殖します。そして、殻のようなものを備えて宿主の体外に出ていきます(図2)。ウイルスがコピーをするときに、ある確率でコピーミスが起こります。これが変異株につながります(図2)。例えば、英国型の変異株でいうと、501番目のアミノ酸がアスパラギン酸からチロシンに変わっています。ウイルスの増殖はヒトゲノムの約100万倍の進化速度です。進化が速いために、ウイルスは遺伝的に急速に多様化していきます。その結果、治療薬の開発が困難であったり、あるいは現存の治療薬が有効に効くウイルスのタイプが限定されたり、また耐性株が出現したりする可能性があります。ウイルスにとって生き残り続けるためには、変化することが大事なのです。このことは人間にも当てはまると思います。生き残るには変化が必要だということです。
コロナの変異株は、今メジャーなものが4つ知られています。アルファ、ベータ、ガンマ、デルタと呼ばれています(図3)。それぞれ、いわゆるイギリス型、南アフリカ型、ブラジル型、インド型に相当します。インド型のデルタ株がいま一番問題視されています。メジャーなもの以外にもイプシロン、ゼータなど、いくつかのものがあります。
これらの変異株の特徴は、従来型よりも感染しやすく、重症化しやすいという点です。例えば、アルファ株では、従来型よりも1.32倍感染しやすく、1.4倍重症化しやすいと言われています。
これら変異株に対するワクチンの有効性については、そろそろデータが出そろってきています(図3)。例えば、ファイザー社のワクチンは、従来型に対して91~95%、デルタ型に対しては88%、アストラゼネカやジョンソン・エンド・ジョンソンのワクチンでは、デルタ型に対して60%程度などとなっており、ワクチンによって効果が違います。これによって、今後のワクチンの伸び率やシェアにも影響してきます。
【2.ワクチンの信頼性】
ワクチンの信頼性に関して、いろいろと不安を感じておられる方も多いようです。その主な理由は、遺伝子情報を使っていること、短期間で開発されたこと、長期的な副作用について臨床試験がなされていないことだと思います。
まず、遺伝子情報を使っているから、体に何かよくないことが起こるというようなことが言われています。特に、女性に関しては、将来子供ができなくなるとか、胎児に影響を与える可能性があるとか言われています。このような情報に対しては、誰でも敏感になるのが当然だと思いますが、これらの情報は正しいものではありません。
メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンというのは体の中に長く残りません(後述6.参照)。ウイルスの抗原を構築するための指示を運ぶウイルスRNAの特定部分のコピーであり、DNAとは無関係です。細胞の中に取り込まれて何か遺伝子に影響を与えるということもありません。このことは、国際的にも国内的にも認められています。
mRNAワクチンというのがこれまであまり知られていなかったために、このワクチンが短期間で開発されて知見や経験が少ないのではないかという情報が流れていますが、これも事実ではありません。mRNAワクチンは、ハンガリーのカタリン・カリコ氏が米国に渡って2008年から開発したものです。その後、mRNAを使った薬、ワクチンの研究、臨床治験は、HIVや一部の感染症、一部のがんなどについて行われてきました。2013年には、ファイザー社と一緒にワクチンを作ってビオンテック社を立ち上げ、モデルナ社との提携などもやっていました(図4)。mRNAを使ったワクチンがそろそろ主流になるのではないかと考えられていたところでもあります。カリコ氏は、これまでの治験で好成績を上げていたので、コロナに関してもmRNAワクチンが有効であると確信していたと言います。そういう意味では、理論的にも経験的にも確立していたものだと言うことができます。
新型コロナウイルスに関しては、様々なデマが飛び交っています。ウイルスは耐熱性がないとか、お湯で予防できるとか、花崗岩で殺菌できるとか、鼻水や痰が出る場合はコロナではない、などなどです。インターネット上で様々な情報を入手できますが、玉石混交で、医師が参考にできるような素晴らしい情報もあれば、偽情報もあります。ネットでは、ある情報を検索すると、それと同じような情報が次々に提供されて、それで世の中の動きを見誤るようなこともあるので、注意が必要です。メディアの情報も同様に玉石混交で、思想的に偏向しているものもあるので、気をつけなければなりません。
「偽りは真実よりも早く広がる」と言われています。接種と死亡例との根拠のない関連づけ、ワクチンは人口削減のため生物兵器、ワクチンがヒトDNAを改変する、ワクチンを接種すると5GやBluetoothに接続されるなどの偽情報が、大量に出回っています。
ワクチン反対派は、様々な根拠を挙げて反対を唱えます。一般的に、ワクチンや予防内服薬などに関しては、常に一定程度の反対派がいます。大体人口の4分の1程度で、これは何があっても増えもしないし減りもしません。ちょうど副反応の出るはずのない生理食塩水を打っても、4分の1程度の人に副反応が現れるというのと偶然に一致しています。
反対派の一つの特徴は、有害事象の影響の過大評価という傾向です。ワクチンを打った翌日に死ぬとワクチンのせいだということにします。ワクチンとの因果関係があるのかどうかということは問題にしませんし、また日本では、ワクチンを打とうが打つまいが1日平均3,800人が死んでいる(2020年の年間死亡者数138万人の1日あたりの平均値)ということを考慮しようともしません。理由がどうかというよりは、反対することが「信仰」のようになっているところがあります。また例えば、自動車事故で死亡する確率は5,000分の1で、飛行機事故で死亡する確率は11,000,000分の1であるにもかかわらず、飛行機は危ないから乗らないが、タクシーにはすぐ乗るというような矛盾した行動をとります。「偏見」と言っていいかもしれません。人間には一般的にこうした傾向があります。進化論のダーウィンは、「多くの人には科学より上回る主義主張・信条がある。従って科学的な事実をいくら突きつけたところで、人の意見を変えることは難しい」と言っています。
【3.ワクチンの持続(有効)期間】
新型コロナウイルス感染症にかかった後、どのくらい中和抗体が維持されるかということも最近わかってきました(図5)。1年後にもかなり残っています。ただ、軽症者や無症状者では7割ぐらい、デルタ株に対してはさらに低いこともわかっています。
ワクチンによってできた免疫はどれほどもつのか?インフルエンザのように毎年接種しなければいけないのか?mRNAワクチンの効果は数ヶ月から数年と考えられています。恐らく今後、年に1回ワクチンを接種するということになるのではないかと思いますが、追加接種の必要性やインターバルについては、今後データを積み重ねていく必要があります。
【4.ワクチンのメリットとデメリット】
一般的に、ワクチンには禁忌という、打ってはいけない、打たない方がいいというものがあります(図6)。特に生ワクチンは、生きたウイルスを病原性を低下させて体内に入れる(弱毒化ワクチン、弱毒ワクチンと言われる)ので、少し体が弱ったときや免疫が落ちているとき、妊娠中などは避けた方がいいとされています。新型コロナウイルスのワクチンは、生ワクチンではありません。ただ、強制されて接種するというような状況、特に本人が意思表示できないのに家族が打ってほしいというのは問題だと思います。何らかの説得をして本人の意思による同意の下に受けさせてほしいと思います。
mRNAワクチンの中には、ポリエチレングリコールという成分が入っていて、これがアレルギーを起こすことが知られています。ただ、自分がポリエチレングリコールのアレルギーがあることを知っている人はほとんどいないと思います。これまでもアナフィラキシーには医師が適切に対処して、死亡例などはないことも理解しておいていただきたいと思います。
mRNAワクチンによってアナフィラキシー反応を起こした例は、これまで10万人に1人という程度です。この数字はインフルエンザワクチンよりも10倍くらい高い頻度になっています。
副反応については、日本のデータではありませんが、ファイザー社のワクチンについては、注射部位の痛み、倦怠感、頭痛などが出ています(図7)。モデルナ社のものはこれより10%くらい頻度が高いと言われています。それでも、mRNAワクチンは効果が高く副反応も少ない方で、ワクチン接種のメリットの方が大きいと考えられます。
ただ誰彼なく打っていいというものでもないと思います。ノルウェーでは、ワクチンを投与した約42,000人のうち33人が亡くなったというデータがあります。死亡者はすべて75歳以上、余命数週間から数ヶ月の末期患者も含まれていて、ワクチン接種との因果関係は証明されなかったということです。このことから言えることは、状態が悪い人、明日もしかしたら命を失う可能性もあるような人に、あえてワクチンを打つ必要はないだろうということです。
いずれにしても、ワクチン接種は誰かに強制されて行うものではありません。自らの意思で同意して接種を受けるのがよいと言えます。
【5.ワクチンの種類と有効性・承認の基準】
新型コロナウイルスに関しては、これまで様々なワクチンが開発されています(図8)。中国のシノバック社の不活化ワクチ、ロシアのスプートニクVのようなウイルスベクターワクチン、ファイザー社などのmRNAワクチンなどです。
ワクチンのヒトへの臨床試験は、動物試験に続いて、少人数で安全性を調査する第1相試験、安全性に加え用法・用量などを調査する第2相試験、大規模に有効性や安全性を調査する第3相試験まで慎重に行われ、そのうえで承認されます。
WHOが承認する有効性の基準は50%です。中国製のワクチンはあまり成績がよくないと言われていますが、それでも50%は超えているので承認されています。
通常ワクチンが承認されるまでには、3~4年はかかると言われていますが、米国では、第3相試験の中間段階で期限付き使用許可を出すことがあります。
日本でも条件付き早期承認の制度があり、これによると第3相試験前に承認され、実用しながらデータを収集し、有効性や安全性を確認することになります。ファイザー社やモデルナ社のワクチンはこれで承認されていますので、日本人に対する第3相試験はやっていません。条件付き早期承認の条件は、適応疾患の重要性、医療上の有用性、検証のための臨床試験の実施が困難であること、海外等で一定の有効性と安全性が示されていることというものです。
大阪大学免疫学フロンティア研究センター招聘教授の宮坂昌之先生は免疫学の大家で、免疫の情報は宮坂先生のホームページを見るのが一番参考になるのですが、この先生はワクチンについて簡単には認めない方で、mRNAワクチンについても当初は懐疑的でした。しかし、イスラエルや米国、英国のデータを見て、「感染予防、発症予防、重症化予防の『3本の矢』がそろっており」、最近では、「打たないチョイス(選択)はない」と
おっしゃっておられます。
日本のワクチン開発ですが、数社がいろいろな種類のワクチンを開発中です(図9)。しかし、今後ワクチン接種が進んで感染者が減ってくると仮定すると、臨床試験の実施、有効性の実証が難しくなる可能性があります。残念ながら、ちょっと遅れをとったのではないかと思っています。
【6.mRNAワクチンの原理】
mRNAワクチンの原理は、DNAから必要な遺伝子情報のコピー(mRNA)を作成(「転写」)し、体内でDNAから読み取った情報に沿ってアミノ酸を連結し、(DNAを介さずに)目的のタンパク質を合成(「翻訳」)するものです。
この原理に従って、新型コロナウイルスのワクチンは、新型コロナウイルスのタンパク質(設計図)をヒトの細胞内で作成し、免疫細胞を活性化させ、抗原タンパク質を生成します。新型コロナウイルスが体内に侵入した際に、この抗原タンパク質がウイルスを認識し、他の免疫細胞が生み出す抗体などがこれを退治するというものです。
mRNAワクチンの弱点は、①mRNA分子が生体内で著しく不安定で壊れやすい、②生体が外来性のmRNAを異物として認識し、異常な免疫反応が惹起され、十分なタンパク質発現が得られないだけでなく、毒性につながることがあるというものでした。
これを克服するために、3つの技術が開発されています。ひとつは、mRNAが壊れずに細胞内に誘導されるよう、脂質キャリア(LNP)に入れたこと。2つ目は、細胞に効率よくこのRNAを作らせるようにしたこと(RNA修飾)。3つ目は、mRNAを安定化させ「翻訳」を促進するようにしたこと(Cap構造/ARCA法)です。
mRNAワクチンの、他の種類のワクチンと比べての優位性は、以下のとおりです。
①広い標的に対応することが可能。
②ゲノム(遺伝子)に挿入されるリスクがない。(ウイルスベクターを用いる場合には、外から導入したDNAがゲノムに取り込まれ、細胞癌化等を引き起こす潜在的なリスクがある。)
③タンパク質導入に比べて薬効が長く持続する。
④配列さえわかれば短時間で容易に設計が可能である。
【7.ワクチンの効果~元の生活に戻れるのか?】
ワクチンの効果を考える場合、いくつかの要素に分けて考えることができます。まず、感染予防効果(=感染しなくなる)。次に、重症化予防効果(=感染しても重症化しない)と発症予防効果(感染しても発症しない)。さらに、感染性減弱効果(=他人に感染させない)(図10)。ファイザー社のワクチンでは、ワクチン接種群と非接種群を比較した場合、感染予防効果は95%であるとされています。
集団免疫とは、周囲の人達の免疫によって守られるというコンセプトです。新型コロナウイルス感染症に関して、何パーセントの人に免疫があれば集団免疫が成立するかというのは、まだわかっていません。ただ、集団免疫が成立したとしても、全員が平等に集団免疫の恩恵を受けるわけではなく、ワクチン非接種者など免疫のない者には感染リスクが残ることを知っておくべきです。
ワクチン接種実施の効果に関して、ワクチン接種が進んでいるイスラエルでは、新規感染者の半数をワクチン未接種の子どもが占めていること、米国では、ワクチン接種を終わった高齢者の死亡率が減少し、死亡者のほとんどが未接種者であること、英国では、ワクチン1回の接種で家庭内感染が半減したことなどがわかっています。明らかにワクチンは感染予防に効果があり、今後は非接種者群での感染の問題が残っていると言えます。
このような状況を踏まえて、例えば、米国ではCDC(疾病予防管理センター)がワクチン接種者に対して、接種者同士が接触する場合、または接種者が同一世帯の未接種者と接触する場合において、マスクが不要であり、屋内での対面も問題ないこと、接種者が無症状感染者と接触した場合でも隔離・検査を免除するなどの「特権」を認めています。また、ワクチン接種者の移動制限の緩和や海外渡航時や帰国時の検査・隔離などの措置の緩和も認めようとしています。
ワクチン接種によってコロナ前の生活に戻っていけそうな気配もあるのですが、他方で、感染力の強いデルタ株の世界的な流行により、イスラエルのように、屋内でのマスク着用を再び推奨したり、また欧州諸国ではソーシャルディスタンシングを維持あるいは延長したり、再びロックダウンを検討するような動きもあります。
さらには、米国テキサス州ヒューストンのある病院グループでは、ワクチン未接種職員を大量に停職処分にするなど、ワクチン接種に伴う差別や選別の問題も出てきています。欧州諸国を中心とするワクチンパスポートの導入などに伴って、今後、これまでなかったような差別や不当な取扱いという新しい問題が起こってくる可能性もあります。
コロナ前の生活に戻るには、こうした新たな問題の克服という課題もあり、なかなか思うようには進んでいかないというのが現状だと思います。
時間になりましたので、ここで終了いたします。