市川笑也「体を通して心が伝わる・女性らしさとは」
第5回「顔と心と体セミナー」講演録
2021年9月25日
参加者:44名(1級資格者3名、3級資格者4名、4級資格者4名、当会正会員7名、一般16名、学生7名、招待3名)(会場7名、オンライン37名)
【経歴】
歌舞伎俳優・伝統歌舞伎保存会会員
1959年青森県八戸市出身。高校卒業後に国立劇場の歌舞伎俳優研修生となり、1981年三代目市川猿之助(現・猿翁)に入門し、二代目市川笑也を名のる。1990年には猿之助の部屋子となり、1998年7月歌舞伎座「義経千本桜」鳥居前の静御前で名題昇進した。澤瀉屋を代表する女形である。
『新・三国志』などのスーパー歌舞伎シリーズで三代目猿之助(現二代目猿翁)の相手役を勤め、以後猿之助歌舞伎の全般にわたってヒロイン役に次々と抜擢された。歌舞伎以外でも、2003年「第5回冬季アジア大会」では開会式の演出を担当、2009年のNHK大河ドラマ『天地人』に武田勝頼役で出演した。また2017年には、歌舞伎とアイスショーのコラボ〝氷艶「破沙羅」〟にて得意のスケート技術を披露、岩長姫を演じ存在感を示した。
【講演録】
ーはじめにー
歌舞伎役者として舞台の上で女性らしくあることに努めてまいりましたので、本日は、その経験に基づいてお話ししたいと思っています。「女性らしい」という言葉が既に差別であるとお感じになった方は、大変申し訳ございませんが、女形の言葉として受け止めていただきますようお願いいたします。
まず、自己紹介から始めさせていただきます。私は1959年生まれ、62歳でございます。青森県出身で、高校を卒業して東京に出てきまして、国立劇場歌舞伎俳優研修所に第5期の研修生として入所しました。
【1.女形術-姿勢・動作】
研修所に入って女形術を身につけるために、最初に何をするかというと、浴衣を着て足袋を履いて、まず上半身は、貝殻骨を後ろにつけて、ぐっと下におろし、下半身は、両膝の間に紙を挟んで、これを落とさないように、内股で歩きます。これが女形の基本です。
この女形の歩き方で、重心を変えることによって、年齢を表していきます。つま先に重心をかけて歩くと若い女性(写真①)。これが年をとってきますと、手が下がってきて、重心が土踏まずに移ってきて、膝も少し離れてきます(写真②)。さらに年をとると、重心がかかとにのってきて、膝が離れます。これで完全におばあさんということになるわけです(写真③)。
女形は動きを変えることによって、年齢だけでなく生活様式も表します。例えば、傾城、あるいは遊女。彼女らは前帯をつけており、それが非常に重いので、重心が後ろにのります。高い下駄を履いて花魁が歩くときは、後ろに重心をかけて外八文字という独特の歩き方をします。
自分を指さすときにも、若い役では、肩を下げて手首を返して手のひらを上にして指さします(写真④)。
これが年をとった役では、手の甲を上にして指します(写真⑤)。
若い役では、手を返すことで肩が下がり肘が中に入って女性らしい形になります。
逆に立役では、肘をぐっと外に張ります。これで男らしさを表すわけです。例えば、侍は二本差しといって、重い刀を2本左腰に下げていますから、普通ではまっすぐには歩けません。1本の線の上をまっすぐに歩くには、両足を肩幅以上に広げます。肘を外向きにして歩いていきます(写真⑥:2枚)。
これが、両足の幅を狭めて少し小股でまっすぐに歩くと、町人とかお坊さんになります。1本の線の上を外輪にリズミカルに歩いていくと大工とか鳶職になります(写真⑦)。建築現場で幅の狭い板の上を歩くのが身についているので、そんなふうになります。
このようにして、1人の歌舞伎役者がその体の動きによっていろいろな役を演じ分けるわけです。ちょんちょんと柝(き)が入ってお芝居の幕が開いて江戸の町が現れます。すると、若い娘さんが歩いていたり、「○○だわよ」という仕草のおばさんがいたり、道具を背負った大工さんが「ごめんよ、急いでんだい」みたいな感じで歩いているとか、そういう人々の多彩な動きをお客さんに見せるために、歌舞伎役者は体を殺して動作を覚えていくのです。
しかし、なかなか身につきません。膝が離れてしまうので膝を縛って歩く練習をするなど、いろいろ大変な努力をして女形術を身につけていきます。
【2.スーパー歌舞伎の女役】
こうやって苦労して覚えた女形術は歌舞伎では必須なのですが、近年のスーパー歌舞伎では動きが全く違います。スーパー歌舞伎は、三代目市川猿之助が1986年に上演した『ヤマトタケル』が最初です。最近は四代目が2014年に始めた「スーパー歌舞伎II(セカンド)」になっていて、『ワンピース』などを上演していま す。スーパー歌舞伎ではなく「新作歌舞伎」と言われていますが、同じくマンガに題材をとった『ナルト』というのも演じられています。
歌舞伎で女形として肩を落として膝を合わせてとやっておきながら、スーパー歌舞伎でニコ・ロビンとかマリーゴールドのような役をやるときは、ハイヒールを履いたりします。そこでは歌舞伎の女形術は通用しません。
これをどう演じるかということは自分で考えなければなりません。そこで、ニコ・ロビンの性格や行動を掘り下げてみます。ニコ・ロビンは、あまり自分を表に出さない、性格の強い女性です。だから、腕を組んで、片方の肩を少し下げて立つ。腕を組む仕草は、自分の本心を悟られまいとする気持ちの現れでもあるのです。『ナルト』の綱手も同じようなキャラクターです(写真⑧)。
ニコ・ロビンは歩き方も女形とは全く違います。腰を使って、ファッションショーのモデルがランウェイを歩くような歩き方をします。お尻を振って、モンローウォークというのに近いような歩き方です。こうした動きをしないとマンガの世界の女性には近づかないので、女形術とは違った動きを取り入れて表現していくのです。
【3.目線・仕草】
目線や仕草の話をしましょう。
歌舞伎で生娘をやるときは、相手の目をまっすぐ見ないようにします。生娘は、男性とお付き合いしたことがないので、恥ずかしくて、相手のことをじっと見つめたりできないんです。下目遣いで、相手の胸元のあたりに目をやる、ちらっと見るという動作をします。スーパー歌舞伎では、現代の女性を演じますから、女形術とは違います。顎を挙げて、腕を前で組んで、少し反身になって「ふん」みたいな、見下すような姿勢で相手を見ます(写真⑧:前出)。歌舞伎の女形ではやらない仕草を取り入れるわけです。
同じような仕草でも、ちょっとした違いで、表す意味を変えています。「怖い」という仕草(写真⑨)と「恥ずかしい」という仕草(写真⑩)は似ています。でも「怖い」という仕草は、最初に目線をそらします。「うわっ、なに?あっ、火の玉?」などのように怖がるから、最初に目線が外れるのです。「恥ずかしい」という方は、相手の顔を見ながら袖で顔を隠します。相手を見たい気持ちと自分を隠したい気持ちが交錯しているのです。動きによって違う気持ちを表していくことを頭で考えながら、その役の持っている性格や心情を動作によって表現していきます。
歌舞伎だけでなく、あらゆる演劇に通じるのは、お客様にその通りに見てもらえるということの大切さです。例えば、悪役が舞台に出てきます。それを見てお客様が「なんて嫌な奴だろう」と思ったら、その役者は相当に腕が立ちますし、また役者冥利に尽きると思います。お客様に「憎たらしい」「死ねばいいのに」というふうに思わせるために、どうすればいいのか。そのための目線、仕草、動作というのが非常に重要になります。だから、一番難しいのは、本当はこう思っているのだけれども、お客様にはその逆を見せておいて、実はこっちなんだよというのを演じることだと思います。
歌舞伎は本来動かない演劇といわれます。テレビドラマや新劇では、演じている役者とは別の役者が、例えば、グラスで水を飲んだり、なんだろうなというような動作をしたりします。それが普通の生活の中では自然だからでしょう。しかし歌舞伎では、例えば、主役だけがずっとしゃべっているときに、横にいる腰元さん達は皆じっと座ったまま動きません。面明かりという前の照明をじっと見ています(写真⑪)。そして、主役があるセリフ、その芝居の中の一大事に関わるセリフをしゃべった瞬間に一斉に動きます(写真⑫)。その動きによって、お客様は、これは一大事だと気づくわけです。それを気づかせるために、その瞬間まで動かないという「動作」を選択するのです。
仕草のひとつひとつでも、その状況に合わせて変えていく必要があります。歌舞伎でも飲んだり食べたりするシーンがあります。例えば、徳利を持って相手にお酒を勧める場面。中身は入っていません。そのお酒が熱燗であれば、手に取ってその手を耳たぶにもっていきます。熱いということを示すわけです。相手がお猪口でお酒を飲みます。最初につぐときは、お酒はなみなみ入っていますから、徳利をお猪口に当てたら、ちょっと傾けるだけです。最近の人達は徳利と猪口でお酒を飲むということをしないので、その辺のところがわからないんです。だから、いつも同じように徳利を傾けます。そうすると、先輩の役者さんは「おー、こぼれるよ」と注意したりします。
お酒を飲んでいると、徳利の中身は減ってきますから、だんだん傾きを大きくしていかないとお酒は注げません。先代の中村勘三郎さんのことが笑い話として残っていますが、あるお芝居の中で腰元がお酒をつぎます。何回ついでも同じ角度なので勘三郎さんが「ケツを上げろ」と注意します。勘三郎さんは徳利の「ケツを上げろ」と指示したのですが、腰元の役者さんは勘違いして、座りながらお尻を上げてお酒を注いだと言います(写真⑬:2枚)。やはり、動作というのは、その役の心情を入れつつ、状況を把握しながら演じていかなければなりません。心と体はつながっていますから、どういう状態でどんなふうに気持ちを出さなければいけないかということをよく考えなければならないのです。
役者は舞台を観ているお客様に背中を向けることもあります。特に舞台から下がるときにはお客様に背を向けることが多いです。そのとき、そのまま引っ込んだら形が悪いので、女形は必ず背を反らすんです。背を反らせて舞台から引っ込むというのが、暗黙の了解です。しかし、これはなかなか難しいです。以前背景に鏡が並んでいるという舞台設定でお芝居をしたことがありましたが、共演のベテランの俳優さんから、「笑也さん、鏡に映った背中が男でしたよ」と指摘されたことがあります。やっぱり見えないところでも、背中をよく使って見せなきゃいけないということを肝に銘じた次第です。だから、女形をやっていると背中がすごく疲れます。上に乗ってマッサージしてもらわなければならないほど凝ったりします。
【4.かづきテープ・化粧品】
皆さん、かづきテープを使っていらっしゃいますか?私は、かづき先生から勧められて、毎晩寝る前に、耳の後ろと前の2ヶ所に貼っています(写真⑭)。女形の体づくりのときに筋肉を引っ張っておくということをしますが、顔も同じようにテープで引っ張っておくと、翌日も上に吊られているようないい感じになっています。
スーパー歌舞伎のときのメイク道具もほとんどかづき先生に勧められたものを使っています。下地の光沢が全く違います。今の幸四郎(十代目松本幸四郎)さんが、私が綱手を演じているときに楽屋に来られて「笑也さん一人だけ光沢が違うよ。なに使ってるの?」と聞いてきました。それくらい違うんです。かづき先生が観に来られたときには「もうちょっとここピンクにしたほうがいいわよ」などと、アドバイスももらっています。
【5.心の動きと体の動き】
心の動きが体に出る、体の動きが心を表すということが言えると思います。天皇陛下の歩き方、動作というのは、天皇陛下の独特のリズムがあります。それが崩れることはありません。同じように、自分がこういう人間になりたいと思ったら、体もそれに合ったように作っていく必要があります。中でも大切なのは姿勢、特に背筋です。最近は、若い人でもスマホを操作していることが多いので、背筋が曲がっています(写真⑮)。背筋がすっと伸びている人を見ると、すごいなと思います(写真⑯)。かづきテープと同じで、体もぐっと引っ張っておかないと、背筋が曲がってだんだん前かがみになってしまうんです。胸を前に出して背筋を伸ばすようにしましょう。そうやって歩いていると一目置かれます。老け込むのは姿勢からと覚えておいてください。
それから動作も大切です。物を相手に渡すときも、ボンと机の上に置いたりしないで、優しく丁寧に置くようにしましょう。非常に柔らかく、どうぞっていう仕草で、両手を添えて置いたらいかがでしょう(写真⑰)。体の動きが気持ちを表しますから。
歌舞伎の動作を日常生活に応用してみましょう。
例えば、歌舞伎では、花道を引っ込むときに、心を残すという動作をします。とても好きな人がいるというような場面で引っ込むときにちょっと振り返るのです。皆さんも、彼氏とさよならするときに「じゃあね」と言って、ちょっと振り返るという動作をすると、相手をワクワクさせることができるかもしれません。
舞台で女形は一目ぼれという仕草を見せるときに、相手の顔をぼおっと見つめて、ふと扇子や何かを落とすんです。これで、相手があんまりいい男なんで見ほれちゃったという気持ちを表すわけです。日常生活ではあまり使えないかもしれませんが、歌舞伎では、日常生活とはギャップのある動作を女形術として見せるわけです。しかし普段とはギャップのある動作を日常生活の中で実際にやってみることで、いつもとは違った印象を与えることができるかもしれません。例えば、恥ずかしいという動作で、ハンカチや両手の袖で顔を隠すとか(写真⑱:2枚)、和服で相手の手を取って袂に隠して引っ張って一緒に歩くとか(写真⑲)などはいかがでしょうか。
コロナのせいでなかなか思うように外に出られないという状態が続いています。家にいる時間が長い分、どんな動作が自分の気持ちを表すか、自分がなろうとする人間にふさわしい動作はどういうものかということをよく考えることができるのではないかと思います。
歌舞伎もコロナのために、昨年3月から7月まで舞台がありませんでした。私は11月にようやく舞台に立てたのですが、花道を歩いたら転びそうになりました。踊りでも扇子の要返しというのがありますが、iPadで右手ばかり使っていたら、左手ではできなくなっていました。やはり、普段から運動や練習をしておかなければいけないなと思いました。特にコロナ禍で動かないでいると、足腰、特に腰が衰えてきます。また、コロナのせいで毎日嫌だ嫌だと思っていると、口角が下がり、笑顔が消えて、姿勢もだんだん背中が曲がって前かがみになってきます。明るい気持ちで、胸を前に出して背筋を伸ばして、姿勢をよくしましょう。
「目は口ほどにものを言う」と言います。動作も口ほどにものを言います。体が柔らかく動くようにして、姿勢を整えて、毎日笑って暮らしたいと考えております。心と体にとって一番いいのは笑顔です。笑顔で暮らすことが大切です。笑顔にとって大切なのは歯です。ということで、後半の二川先生のお話につながればと思っております。
質問1:かづきテープを夜寝る前に貼っていらっしゃるということですが、どのあたりに貼られているのでしょうか?
笑也:私はほうれい線を伸ばしたいので、風呂上がりに顔をマッサージして、耳の後ろにちょっと下側から引き上げるように貼ります。もう1枚耳の前にも下から上げるように貼ります。2本でやっております(写真⑳)。引っ張られた状態で寝るので、朝若返っています。お勧めです。
質問2:笑也さんが素敵だと思われた男性の仕草、女性の仕草はどのようなものでしょうか?
笑也:男性でいうと、昔佃あたりで鳶だったという人が縁側でお茶を飲んでいる姿、築地あたりで蕎麦屋で男が蕎麦湯にワサビを入れて飲んでいる姿。肘に手を当てて飲む姿(写真㉑)が、江戸っ子っぽくて、かっこいいなと思ったことがあります。
女性の場合、お辞儀のときに角度が良くて、きれいに頭を下げる人が素敵だなと思います。手を前に組んで、45度
くらいで、背筋を伸ばして、あんまり頭を下げすぎない。そういうきれいなお辞儀をする人は素敵だと思いますね。
それから、着物を着て手を挙げたときに二の腕を出さない仕草のできる方(写真㉒)。二の腕を出すと色気がなくなってしまう。出さないほうが色っぽいです。酔っぱらった女性を演じるときは、絶えず襟元を気にして触っているようにします。そうすると酔っぱらったという感じが出ます。
また、色気のある女性を演じるときは、体の中がこんにゃくっぽいというか、芯が定まっていないというか、ぐてっとした感じがある方が色気が出ます。私の踊りの師匠でもありました藤間紫さんなどが色気のある役をやるときは、体の中がこんにゃくかスライムにでもなったように、ぐちゃっとした感じを出していました。
男性の場合はシャキっと、女性の場合はぐにゃっというのが基本ですね。
質問3:女性の性格によってお化粧の塗り方や眉の描き方を変えるということができるでしょうか?できるとしたら、どんなふうにやるのでしょうか?
笑也:綱手やニコ・ロビンは強い女ですから、つけまつ毛もしますが、目尻をぐっと上げます。私自身の目はやや垂れ目なので、意識して目尻を上げるメイクをします。ぽよっとした若い女性をやるときは、垂れ目っぽく下瞼に赤を入れて、眉をちょっと離します。眉が近いと神経質に見えるので、そういう女性を演じるときは、わざと眉毛を目に近づけます。また、頬紅の入れ方によって顔の長さが違ってきます。綱手のときは丸顔に近くしたいので、斜め横上に入れます。顔を長く見せたいときは下向きに入れます。それぞれの性格とそれをいかに表すかによって、顔の描き方を如何様にでも変化させることができます。
質問4:意識して良い姿勢をとってもすぐに元に戻ってしまうのですが、姿勢の良さを維持するために、常日頃からどんなことを意識されていますか?
笑也:皆さん、コロナのせいで家の中に長くいるので、椅子に座っている時間が長いと思います。椅子に座るときは、腰を椅子の奥まで入れずに、半分くらいのところに座って、背中を伸ばすのが良いです。椅子に深く腰をかけて、背もたれに背をもたせ掛ける姿勢が楽ですが、これをやっていると、どんどん背中が丸くなっていきます。椅子に浅く腰を掛ける、つまり椅子の前の方に座って、背中を前に突き出すような感じでいると、胸も開いて呼吸も楽になります。
椅子に座っている時間が長かったなと思ったら、踵をつけて爪先を上げて、ふくらはぎを伸ばしてください。ふくらはぎを伸ばさないと、血が溜まって、エコノミークラス症候群などを起こしたりするので、気をつけてください。
それから、両手を伸ばして後ろで組んで背中を伸ばしてください。1日1回、2~3分、時々肩をゆすりながら背筋を伸ばしてください。血流も良くなります(写真㉓)。